花園はここにありました!

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zoom RSS ンな、馬鹿な!! 地震の翌朝に原子炉が爆発だって?

<<   作成日時 : 2011/06/04 03:05   >>

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経緯を少し紹介します


民主が自民を倒すまでの間、私は「花園はここにありました」旧名「青山(せいざん)はここにありました」で、社会記事を連載していましたが、その時から、「カナダde日本語」さんの記事からは多くの感銘を受けておりました。その時代の私のブログには、多くの方々のブログタイトルをリストアップさせていただきました。
今回は、私自身の記事「私は、東電福島原発の件では黙っていたが、もう黙りきれない。」でも書きましたが、随分久しぶりにブログに復活し、ランキングもある程度復活。(これもどれほど続くか分かりませんが。)
そして、今回も、私自身は、6月3日の日経の記事で気がついたのですが、それ以前に読売の記事で、「3月12日の早朝にすでにメルトダウンと、放射能物質の放散」があった由の記載を見つけ、それを引用させていただきました。どうもありがとうございました。

私自身、ブログの右や左、下のアイコン群をきれいにしたいと思っておりますが、何しろ時間がなく、ABENDの時代のままで恐れ入ります。

「世に噛む日々」の秦映児さんのサイトのアイコンを少々頂戴したいと思っておりますが、ご挨拶もまだで。お話になりませんわ。

メルトダウンは3月11日…初動の遅れ裏付け:(2011年5月16日08時58分 読売新聞)


東京電力は15日、福島第一原子力発電所1号機で起きた「メルトダウン(炉心溶融)」は最近起きたものではなく、同原発が津波に襲われた約4時間後の3月11日夜に始まったとする分析結果を公表した。

東電が注水を開始したのは、炉心溶融が始まってから10時間以上後の翌12日朝で、事故に対する東電の初動が遅れたことがデータからも裏付けられた。
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東電は、中央制御室で地震直後から記録されたデータなどを基に、津波が襲来した3月11日午後3時30分頃から原子炉の冷却機能が働かなかったと仮定し、原子炉の炉心温度や水位を推定した。その結果、当初約300度だった炉心温度は、11日午後6時過ぎから急上昇し始めた。それに伴って、燃料最上部から約5メートル上にあった原子炉の水位も、津波から約4時間後の11日午後7時30分頃に約10メートル低下し、全燃料が水面から露出。同7時50分頃には、燃料が圧力容器の底に落下し始め、炉心溶融が始まった。

11日午後9時には、炉心温度が燃料(ペレット)自体が溶け始める2800度に達し、注水開始直後の12日午前6時には何らかの理由で圧力容器に穴が開き、水位が急落した。津波襲来から約15時間20分後の12日午前6時50分には、核燃料の大半が原子炉圧力容器底部に崩落した状態になった。

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ンな、馬鹿な!! 地震の翌朝に原子炉が爆発だって?


また、保安院が隠蔽データを公表した。今回のは凄いぞ。Nikkei Netの情報だが。すぐに消えちゃうだろうから、全文を引用するが。しかし、それにしてもひどすぎないか。
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地震翌朝、原発敷地外に放射性物質 保安院公表遅れ :2011/6/3 23:13


 経済産業省原子力安全・保安院は2011年6月3日、東京電力福島第1原子力発電所が東日本大震災で停止した直後の大気中の放射性物質濃度などのデータを公表した。地震翌日の2011年3月12日朝、1号機で最初に排気用の弁の開放(ベント)をする前に原発敷地外で炉心の激しい損傷を示す放射性物質が検出されていた。2カ月半も未公表だった。直ちに公表していれば事故の正確な実態把握や避難計画の検討に役立った可能性がある。

 公表したのは地震直後の2011年3月11〜15日に、政府の原子力災害現地対策本部と福島県が測定したデータ。2011年3月15日に保安院の担当者らが大熊町の緊急時対策拠点から福島市に退避した際に持ち出し忘れたデータを、2011年5月28日に回収したという。そんな馬鹿な!

 データによると3月12日午前8時30分過ぎに浪江町や大熊町で放射性ヨウ素や放射性セシウムを測定。核燃料が1000度にまで過熱しないと出ないとされる放射性テルルも検出された。これは凄い事だ!!

 東電は12日午前10時17分に、1号機の格納容器の圧力を下げ水素爆発を防ぐためにベントを始めた。今回の公表データは、それ以前に炉心の激しい損傷が原因とみられる放射性物質が建屋の外に出ていたことを示す。弁の故障や建屋の損傷などが早い段階から起きていた可能性がある。

 保安院は12日午後に、原発敷地内で放射性セシウムが検出されたと発表。敷地外の放射性物質は13日以降の測定値しか公表していなかった。一体どういうこっちゃ!!

 新データは原子炉の異常がどのように進んだかを理解する手掛かりとなる。すぐに公表していれば事故の深刻度をより正確に把握し、避難地域を的確に判断するのにも生かせたとみられる。

 保安院の西山英彦審議官は「意図的に隠すつもりはなく、情報を整理して公表する発想がなかった」と弁明した。福島第1原発事故を巡っては、政府が放射性物質の拡散予測を3月下旬まで公表しなかった。東電も2011年5月28日に大量の放射線量の未公表データを明らかにするなど、透明性が不十分との批判が多い。もう、無茶苦茶じゃないか!!

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このNew York Timesに掲載されているデータはどう修正されるの?


上の記事では、実際にどれだけの放射性物質が放出されたかに関しては一切記載がない。しかし、原子炉の爆発だから、再臨界を意味するのだろう。それでなければ、放射性テルルは検出されない。これは、水蒸気爆発ではない。アンリー・ゲンダーセン先生もびっくりだろうね。

まずは、New York Timesの記事だよね。まだ生きているよ。

そして、このNew York Timesの記事を開きたくない人は、下記のグラフを見ればいい。3月12日、14日、15日に1号機、3号機、2号機が爆発したと記載されているが、放射性物質の濃度については記載されていない。データがない。今度は誰が隠しているのか?

福島原発の放射性物質の放散グラフ


2011年5月22日公開 【ガンマカメラによる1号機放射線分布】 :2011/6/1 21:19


サイトを見ていたら、何とガンマ線で強度を計る事が出来る「ガンマカメラの図」が公表されていた。早速見てみよう。

  1. 福島第1原発1号機建屋内、大物搬入口から南側二重扉付近(5月20日)=東京電力提供
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  3. ガンマカメラで撮影した福島第1原発1号機建屋内、大物搬入口付近(5月20日)=東京電力提供
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  5. 内、大物搬入口付近(5月20日)=東京電力提供
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  7. 「ガンマカメラ」を使って撮影した福島第1原発1号機の原子炉建屋1階。放射線量が高いところは赤色、低いところは青色で表示されている。
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最後までおつき合いいただきありがとうございます。
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