選挙は闘いである,長野県民の選択は正しかったか?

選挙は闘いであり、存在意義を確認し、自己実現を達成する場である

私は、長野県民ではない。だから、長野県知事選挙に対する直接的な利害関係は無い。しかし、意見を言う権利はあると思っている。私が言いたいのは、
選挙は闘いである。自分の「存在意義:raison d'etre、レーゾン・デーテル」を確認するため、自己実現を達成するための手段である
と言うことを言いたいのだ。

すなわち、
自分の主義主張・自己実現・存在意義の確認を、この選挙の場を借りて実施する方向に選挙権を行使することが重要であり、それが、闘いである、
と言いたいのだ。だから、当然ながら、棄権することもその一つの選択肢であるし、田中氏に投票すること、村井氏に投票すること、それぞれが、その人の自己実現の場であったはずなんだ。

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Nikkei Netから引用する。

長野知事に村井氏が初当選・田中氏の3選阻む

 任期満了に伴う長野県知事選は2006年8月6日投票、即日開票の結果、無所属新人で元自民党衆院議員の村井仁氏(69)が、現職で3選を目指す田中康夫氏(50)を破り初当選した。村井氏は「独断的」とも評される田中氏の政治姿勢を批判、支持組織を固めて競り勝った田中氏は財政改革など6年間の実績を強調したが、無党派層の支持離れが響いた。投票率は65.98%で前回(73.78%)を7.8ポイント下回った。

 村井氏は自民県連や連合長野などの支援で組織票を固めたほか、無党派層の取り込みにも重点を置いた。歳出削減を最優先する田中氏に対し、公共事業や産業振興策などで一定の財政支出が必要と主張し経済の活性化を訴えた。 (2006年8月7日 00:04)


また元に戻っていいのか?単なる感情論で済ませて良いのか?

私は、長野県民に言いたい。あなた方は、6年前に、ダム建設をめぐって、反対票を田中氏に投じたのではなかったのか? たったの、6年間の間にその意見は変わったのか?変わったとすればそれはなぜか?

村井氏は、元国家公安委員長である。一番、日本で恐れられている部門の長である。あらゆること、悪にしろ善にしろ、それらの情報がここで集中的に把握されている部門である。その長であったものが、県知事になるとは? 日本の裏の世界、悪の世界を知悉した人間が、あなたの県の長になるのですよ。単に、土木工事が少なくなり、会社などの財政的な状況が苦しくなったからと言って、簡単にこのような旧守派の親玉に任せて良いのだろうか?

しかし、2006年8月7日の朝日新聞に載った、田中氏の言葉は悲しい。この言葉を発しさせたのが、長野県民だ。

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少なくとも、田中氏は、県の財政を改善させたと報道されている。そして、無駄なダムを建設しない方向で製作を進めているのではないか? 余りにも視野が狭く、ちょっとでも意見を異にする人間を受入れないと言う批判があるようだが。

しかし、この2006年8月7日の朝日新聞の記事を見る限り、私は残念でならない。「話題作りもう十分」「不毛な対立 いらぬ」、とあるが、本当に本心から思っているのだろうか?長野県民の多数派がそのように思っているのだから、それは彼らの選択だ。しかし、毎回毎回、間違うわけにはいかないことを、十分に認識をするべきではないか。昨年10月の衆議院選挙で、大きい間違いを犯した我々は、その我々日本国民自身のことを思い出すべきだと思う。その結果、コイズミが何をして、何をしなかったかを思い出すべきではないだろうか? 格差社会を生み、法人・高所得者層優遇税制、低所得者層に対する負担増、その他もろもろの悪政を実行に移したではないか。北九州市では、生活保護を受けられず、50歳の男性が衰弱死するような事件まで発生していることは、記憶に新しいはずだ。
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[2006年8月8日追加]


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また、自民党が勝っていいのか?

すでに、地方路線では、自民党は厳しい戦いを強いられているのが本音だろう。だから、今回、自民党推薦と言うような表看板を掲げることなく、それでも、トップクラスの人材を投入し、作家の田中康夫氏に闘いを挑ませた。民主党は、相変わらず、どじで、瀬戸際になって、小沢代表が、田中氏を応援する旨の会見をした。 Nikkei Netから引用する。

長野知事選で小沢代表「田中氏に勝ってほしい」

 民主党の小沢一郎代表は2006年8月4日、京都市内で記者団に6日投開票の長野県知事選について「現実に長野に入って応援することは難しいが、何とか最後の踏ん張りで勝ってほしい」と明言した。同党は地元県連が田中氏と対立したため、自主投票を決めている。自民党離党組の村井仁氏が田中氏と大接戦を演じるなか、田中氏と親しい小沢氏が遅まきながら“援護射撃”に乗り出した形だ。

 だが、地元県議には「反田中」の機運が強く、連合長野も村井氏を支援。田中氏が代表の新党日本との国政での連携を視野に入れる小沢氏とは関係がねじれている。 (2006年8月4日 22:06)


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なぜ、民主は、自民の生え抜きの候補者を応援するのだ?

もちろん、村井氏は、2005年10月の衆議院選挙で、反郵政法案の立場を貫き、立候補しなかった。それについて、NHKが報道している
自民党の党紀委員会は28日午後、会合を開き、先の国会で郵政民営化関連法案に反対した衆議院の30人と参議院の20人、あわせて50人の処分の審査を行いました。その結果、<中略>
さらに、先の衆議院選挙に立候補しなかった、村井元国家公安委員長ら3人については、戒告処分とすることを決めました。(2005年10月28日 19:27)


ということは、反小泉で、反自民(離党勧告)のはず。それを、戒告処分で免れ、今度の長野県知事選に立候補した、旧守派の先鋒である。そのことはみんな知っているはず。それを、なぜ、長野県民は選んだのか?旧守派だから、土木工事が戻ってくると判断したか?そうすると、6年前の投票行動はなんだったのだ? たったの6年前のことまで忘れていたら、自分の存在意義なんて、ゼロみたいなものではないのか?金が全てを左右する自分の人生を悲しく思わないのか?金より大切なものがあるはずではないか?

つぎのブログも参考になる。
私的通信:ぼちぼち、スローダウンしようか「おまえは何さまだ?>知事選候補者」

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来年の参議院選挙で、決して自民党を勝たせてはいけない

このように心に誓わなければ、あなたの存在意義、自己実現などおぼつかないではないか? そして、今ペンディングになっている恐ろしい量の法案(再提出になる)が、再提出され、日本が軍国国家にまい進することになるのだ。安倍官房長官が自民党総理になり、首相になり、それで、来年の参議院選挙で大敗して始めて、反体制勢力が多少は生き返るのだ。もし、来年の参議院選挙で、自民党が大勝するようなことがあれば、もう日本に復活の道は残されていない。

そのようなくらい大切な選挙だったのだ。今回の長野県知事選挙は。それを、長野県の人は分かっているのだろうか?

再度申し上げる。選挙は闘いであり、自分の自己実現・存在意義の確認の手段である

である。だから、
  • 選挙は闘いである
  • 自己の実現の手段である
  • 自己の存在意義を確認するための手段である
  • 「小異を捨てて大同につく」と“存小異,求大同”(小異を残して大同につく)
という考えが必要であると考える。
だから、来年の参議院選挙では、野党は連合を組んでも良いから、相対多数を獲得するべく検討をするべきであろう。

選挙は、地道に戦うものです。1年や2年での勝負ではない。だから、本来、6年前の意見が自分の意見であれば、6年経過後も自分の意見ではないか、十分に検討するべきである。支持政党が、ころころ変わるのはおかしい。でも、小選挙区制になってのメリットは、浮動票の行方ですが、浮動票と言うのは、ちょっとおかしい。自分が人間として生きてゆくためには、それだけのサポートが必要なんだ。そうすると、どこの誰と手を組むか、と言うことは本質的なことなんだ。それが、ふらふらと情勢によって変わるのは、個人レベルではおかしいと思う。今回の長野県民は、前回の滋賀県民の選択よりもまずい選択をしたものだと、つくづく思う。是非、胸に手を置いて反省して欲しい。
独裁者、独裁政権が出来てしまうと、次の機会はないのだから。

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花岡 信昭氏/政治アナリスト:8月8日公開第20回
「田中康夫的なるもの」の正体


花岡氏のコメントでは、下記のような記事が掲載されている。
 長野県知事選(6日投開票)の結果は、様々な意味合いを投げかける。中央の政局に与える影響も無視できない。最も重要だと思われるのは、「田中康夫的なるもの」とでもいうべき政治風潮の打破に成功したことである。 選挙結果は以下の通りであった。
  • 村井 仁(69)61万2725
  • 田中康夫(50) 53万4229

 前回、県議会での知事不信任案可決による出直し選挙の結果は、田中氏82万票、対立候補40万票のダブルスコアであった。このときの投票率は73.78%。今回は7.8ポイント下がって65.98%だった。
 ざっくりした数字で言えば、今回の選挙結果はこう総括できる。田中氏は前回から30万票減らした。このうちの20万票が対立候補に流れ、10万票余が棄権した。
 この30万票が、いってみれば「田中マジックによるマインドコントロール」から覚醒した票ということになる。<中略>

 村井氏は昨年の郵政解散で民営化法案に反対、非公認となって政界を引退した。いわゆる「造反組」である。今回の知事選では「反田中候補」として30人余りの名前が挙げられ、最後に村井氏に落ち着いた。自民、公明の県組織、連合長野などが陣営の中軸である。
 造反組の村井氏が当選したことは、「安倍後継政権」が確定している自民党にとって重要な意味合いを持つ。造反組の復党に弾みをつけることになるからだ。
  一方で民主党は脆弱さを浮き彫りにした。現場では当初、自民党とともに「反田中統一候補」を擁立しようとした。そこへ、小沢一郎代表が「相乗り禁止令」を出したため、独自候補擁立を考えたが、それも果たせず自主投票となった。
ところが、投票日直前に小沢氏は田中氏支持を打ち出した。「野党第一党として反自民候補を推すのが当然」という理屈だが、「反田中候補」の擁立を一度は検討しながら、土壇場での田中氏支持という経緯はいかにも奇異に映った。勝っていればすべて帳消しになるが、敗北してしまったのだ。このちぐはぐな対応は後遺症として深刻なダメージとなる可能性がある。

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中国人の良く使う言葉は、意味深な言葉が多い。


私は、中国人が良く言う、「差不多」(チャ・プタウ;[あなたの考えと私の考えは]大差ない)、「小的問題很多(シャオタ・ウンティ・ヘントゥオ)」;小さい問題が沢山あります・・・[しかし、大きい問題は少ないです、と言う意味を合わせ持っている]」と言う言葉が好きなんだ。また、彼らは「原則」は絶対に譲れないものなんです。日本で、「原則は原則だが、運用で何ちゃら・・・・」なんてことは、いつもあることだが、彼らの中では、絶対に起こりえないことなんです。「原則」は、一番根本のルールです。だから、これに反することは許されないことです。まあ、間違っているかも知れないが、私が付き合った人の間での知識ではそうでした。それと、「検討する」は、原則的にOKを意味し、具体的な方法を調査することを意味します。日本語の「善処します」と同意語の「検討する」は、中国語では、「研究する」と言わないといけない。...ちょっとなんで、こんな話題になったのかな?

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    Excerpt:    長野県知事の選挙があったことも、あまり知られてなかったように思います。結果 Weblog: taki-log@たきもと事務所 racked: 2006-08-08 12:17