
新型コロナウイルスの感染拡大で、拡散を続ける偽情報への対応が課題となっている。デジタルの現状に詳しい桜美林大の平和博教授に話を聞いた。【聞き手・木下訓明】
EUは中露を名指しで偽情報対策
--日本の偽情報対策の現状を教えてください。欧州連合(EU)は法規制に積極的です。
◆国や地域の価値観によって対応は違う。EUの欧州委員会は2020年末に偽情報対策の施策や法案を公表した。日本は20年2月に総務省の有識者会議で報告書をまとめ、偽情報対策は「表現の自由」の重要性を踏まえ、まずは民間の自主的取り組みを基本とすると整理した。それを受けて民間の枠組み「ディスインフォメーション(偽情報)対策フォーラム」が立ち上がった。事業者であるフェイスブックやグーグル、ツイッター、ヤフーのほか、総務省や日本新聞協会、日本民間放送連盟などがオブザーバーとして入り、現状把握を進めている。また業界団体「ソーシャルメディア利用環境整備機構」も啓発活動をしている。欧州のように法律で規制する雰囲気はない。
--欧州はロシアからの情報戦にさらされています。日欧の対策が異なるのは被害の大きさが違うからでしょうか。

◆そう思う。ロシアによる情報操作が注目されたのは16年。英国のEU離脱を巡る国民投票と米大統領選だ。特に米大統領選は、後に「ロシア疑惑」という形で政治課題化した。選挙という民主主義の手続きに他国が介入したということが重大視された。
欧州委員会は20年12月に「欧州民主主義行動計画」という政策パッケージを発表した。続いて、偽情報への法規制を強化した「デジタルサービス法案」を発表した。行動計画はロシアと中国を名指しし、新型コロナにまつわる偽情報の発信元として対策を取ることを明確にしている。
日本は現時点で、少なくとも表面化する形では安全保障、情報戦の問題として偽情報を位置づけていない。それを「欧州と温度差がある」と考えるか、「今までダメージを受けていないから」と考えるかは、人によって違うだろう。
「多少人権を抑えてもコロナ対策を」という世論にならない日本
--新型コロナを巡るロシアの情報攻撃は、20年4月上旬をピークに少なくなったと指摘されています。
◆ロシアは相変わらず、プロパガンダ(政治的宣伝)はしている。例えば他国の新型コロナ用ワクチンを「失敗」と主張し、ロシアのワクチン「スプートニクV」を宣伝するキャンペーンが展開されているようだ。

--中国では、携帯電話の位置情報を入手して国民の行動を監視し、コロナ対策に役立てています。日本でもこうした動きは強まると思いますか。
◆例えば、政府のスマートフォン向け接触確認アプリ「COCOA(ココア)」も今やほとんど話題になっていない。感染「第3波」が拡大する中、店への時短営業や休業の要請に強制力を付けるか否かの議論はあるが、COCOAを有効活用しようという動きは見えない。韓国のように各基地局への携帯電話のアクセスやクレジットカードの利用履歴などを把握し、感染経路を特定する社会がよい、というコンセンサスができているとも思えない。「多少人権を抑えてもコロナ対策を」という世論になっていない。
--日本では今年、衆院選が行われます。偽情報などによって選挙結果が左右されるような状況になると思いますか。
◆何が争点になるのかで変わってくる。例えば米大統領選のように鋭い対立がある状況であれば、偽情報などが出回るだろう。これまでもソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上で、自民党政権を支持する趣旨の発信やそれに対抗する発信はあった。個別の課題では検察庁法改正案を巡り、SNSをきっかけに法案反対の世論が盛り上がった。その力はなかなか無視できない。
非常に懸念されるワクチンの偽情報
--ロシアのほか、ハンガリーやフィリピンなどで偽情報に関する規制が強化されました。
◆ブラジルなどを含めた17カ国ほどの「権威主義的な」国では、コロナ禍を契機に、偽情報の規制法を情報統制のツール(道具)として使っている。「非常事態だから」という理由で、規制強化が認められやすい状況になっている。国際新聞編集者協会(IPI)は、報道機関やジャーナリストに対する締め付けが厳しくなっていると報告している。

--日本で法規制の強化はあり得ると思いますか。
◆もし、そうした「芽」が出てくるのであれば、逆に押し返さなければならない。インフォデミック(偽情報の拡散)が起こる要因の一つは、人々の不安だ。「今何が起きているのか」「今後どうなるのか」「どのように行動すればよいのか」などを示す確たる情報がない不安感の中で、ネットでたまたま目にした強い表現の情報を見ると、うのみにしないまでも「他の人たちにも知らせなければ」と拡散させてしまうことがある。
法規制の芽を出さないためにも、専門家や公的機関が精度の高い情報を発信し、情報の「空白」を埋めていくことが重要だ。医師会や専門家は、意識的にそうしたリスクに関するコミュニケーションを取ろうとしているが、政治家も国民の安心感につながるような継続的な情報発信の努力をもっとすべきだと思う。
これから、国際的に非常に懸念されるのはワクチンに関する偽情報だ。世界経済フォーラム(ダボス会議)が15カ国で行った世論調査によると、「ワクチン接種を受ける」と答えた人の割合は、20年8月の調査に比べ、12月の調査で日本を含む13カ国で減っている。ネット上などで流布する真偽不明の情報に、直接の因果関係があるかどうか分からない。だが、ワクチンに関しては、その効果や副反応に不安があるようだ。不安を増幅させないためにも、今の段階で分かっていることと分かっていないことを継続的に発信すべきだ。その責任は政府にあるし、メディアもその役割を担わなければならない。
桜美林大教授 平和博さん
たいら・かずひろ 1962年生まれ。早稲田大卒後、朝日新聞社に入社。東京社会部、シリコンバレー(サンノゼ)駐在、編集委員、IT専門記者(デジタルウオッチャー)などを経て、2019年から現職。近著に「悪のAI論 あなたはここまで支配されている」 (朝日新書)。
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