池袋暴走事故 「私は鬼になる」 そう語る松永さんの真意とは:毎日ディジタルから引用しています。ー
東京・池袋で2019年4月に起きた乗用車の暴走事故で妻子を亡くした松永拓也さん(34)が6月、被害者参加制度を利用して法廷に立つ。自動車運転処罰法違反(過失致死傷)に問われた旧通産省工業技術院の元院長、飯塚幸三被告(89)に初めて直接質問するためだ。「鬼になるしかない」。事故発生から2年あまり。妻真菜さん(当時31歳)、長女莉子ちゃん(同3歳)への思いを胸に、事故後の心境の変化を語った。【聞き手・柿崎誠】
加わった四つ目の思い
――20年10月に始まった裁判に期待したことは。
◆裁判がどんな結果になっても2人の命や日常は戻りません。一人で夜眠る時は、むなしいですよ。それでも、僕は三つのことを言い聞かせて裁判に参加しています。
一つは、この先も生きていかなければならない僕たち親族が将来、やれることはやったと思えるようにしたいということ。二つ目はこれだけ大きな交通事故が、軽い罪で終わる前例を作ってはいけないということ。三つ目は、裁判で真実が明らかになって、法律や免許制度、車の技術、地方の高齢者の足をどう解決するのかなど事故を防ぐためにどうすればいいのか、国全体の議論につながってほしいということです。
<4月27日の公判では初めての被告人質問が行われた。車の記録装置にアクセルペダルを踏み込んだデータが残っていたことが明らかになっている中、被告は「アクセルを踏んでいないのに、エンジンが高速で回転して加速した」「アクセルペダルが(運転席の)床に張り付いているのが見えた」などと無罪を主張した。松永さんは公判後の記者会見で「荒唐無稽(むけい)な主張をされ続け、事故後、一番絶望した」と話した>
――裁判後の会見では厳しい発言が続きました。
◆かなり取り乱していました。悔しかった。裁判への思いや交通事故の現実を多くの人に知ってもらい、事故を一つでも防ぎたいという目的があるので、普段は冷静に話すよう心がけているのですが、あの日の裁判では被告の発言一つ一つに心が乱されました。
どんな主張をするかは相手の権利、自由であり、尊重しています。でも、2人の命が奪われた上、車の異常のため「自分は悪くない」と無罪を主張している。ドライブレコーダーなどの物証が示されても、何も変わらない。裁判が終わって控室に戻った時、絶望を感じ、生まれて初めて鬼になろうと思いました。根底にある三つの思いは変わりませんが、被告に対して鬼になることが一つ加わりました。
真菜と莉子から人を愛することを学び、優しさを教えてもらいました。僕は愛と優しさで心を満たしたいのに、人を責めて、人を恨まなければいけないなんて苦しい。真菜と莉子に怒った顔すら見せたことはないし、今も2人に見せたくない。それなのに被告の発言と行動は、それを許してくれない。だから、裁判中だけは被告に対して鬼になろうと思いました。こんなの地獄です。
――6月21日には被告に自ら質問します。「鬼になる」とは、自身が被告の矛盾をただすという意味でしょうか。
◆追及は、僕の仕事ではなく、あくまで検察の仕事で、ジャッジするのは裁判官です。でも、被告は2人の命や僕たちの無念に向き合っているように思えない。向き合っていたら、これだけの物証を前に無罪主張なんてできないはずです。だから、僕は追及ではなく、法廷という公平な場で、被告の義務として僕の質問を受け、意見陳述を聞いてもらう。そういう意味で、心を鬼にして、覚悟を決めて質問と意見陳述をします。
4月の被告人質問までは、正直、被告の良心に期待していた部分がありました。もしかしたら、僕たちの苦痛や苦悩、2人の命の重さに向き合ってくれるのではないかと。でも、少しでも期待した自分がばかでした。真菜のお父さんも言っていますが、僕たちは決して多くを求めてはいません。罪は償ってほしいですが、その上で本当に申し訳なかったと思い、贖罪(しょくざい)してほしい。最低限の願いのはずなのに、それすらかなっていない気がします。
遺族だからこそ理想論
<松永さんは事故後、「関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」に加わり、高齢ドライバーの事故対策を国に要望するなどの活動を続けている。20年に道路交通法が改正され、22年には75歳以上を対象に、一定の違反歴がある場合は免許更新時の「実車試験」(運転技能検査)が義務化される。また、自動ブレーキなどを搭載した車だけを運転できる限定条件付き免許も導入される>
――活動が法律の改正にもつながりました。
◆免許更新時の実車試験の義務化は大きな一歩だと思います。ただ、不合格になって免許を更新できない人に対するサポートが追いついていないような気もします。特に地方で免許を更新できない高齢ドライバーへの支援は十分でしょうか。地方の高齢者の足をどう確保するかという本質を突き詰めないと根本的な解決にはなりません。口で言うのは簡単なことだとは分かっていますが、遺族だからこそ、理想論を語っていかなければいけないと思います。
――交通事故防止対策としてどのようなことがさらに必要と考えますか。
◆池袋の事故とは事情が違いますが、交通網の発達していない地方で、高齢者の交通問題が放置されてきたと感じています。予算が必要になりますが、例えば高齢者向けのタクシーチケットの利用拡大やバスの増便など解決に向けたさまざまなアプローチがあるはずです。
生きがいとしてハンドルを握りたい人には、コンパクトカーという選択肢もあります。車メーカーによる自動ブレーキなどの安全対策技術の向上はもちろん大事ですが、それだけで事故はなくせません。高齢者の運転免許の返納は家族の「説得」に委ねられているのが現状ですが、免許を手放しても幸せを追求できるようにサポートするのが国の義務ではないでしょうか。
温泉で「息抜き」も……
<取材後記>
「本来の僕はよくしゃべるし、げらげら笑う。真菜は全然しゃべらないので、初めて会った時は、6時間ひとりで話していました」。言葉を選んで丁寧に語ることが多い松永さんだが、ユーモアを交えながら思い出を楽しそうに話すこともある。こちらも思わず笑顔になるが、当たり前の幸せな日常を奪われたつらさも伝わってくる。
取材では「親族や友人と話す時は笑うこともあります。でも取材を受ける時に『笑っていいのだろうか』と考えてしまいます」とも明かした。負担をかけていることを申し訳なく思いながら、以前から気になっていた「息抜き」の時間はあるのかについて尋ねた。
しばらく考え、「息抜きではないけど、今の再発防止を訴える活動が生きがいになっている」と答えた後、「あ、息抜きは温泉かも」と思い出したようにつぶやいた。
家族旅行でよく温泉に行ったといい、「湯船に入ると『ふー、気持ちいい』とまるでおじさんのように話す莉子がかわいかった」と振り返る。今は、事故後に知った温泉施設に仕事帰りに一人で立ち寄り、気分転換を図る。だが「莉子を連れて来たかった」と思ったり、家族との楽しい旅行の記憶がよみがえったりして湯船で涙を流すこともあったという。
「息抜き」のはずのその瞬間にも、苦しさが襲ってくる現実。それでも「活動に終わりはない。2人の命を無駄にしないという思いはぶれない」と語る姿に、松永さんの心の強さを感じた。
池袋暴走事故
2019年4月19日午後0時25分ごろ、東京都豊島区東池袋4の都道で、旧通産省工業技術院元院長の飯塚幸三被告(89)が運転する乗用車が暴走して交差点に進入し、自転車で横断歩道を渡っていた松永さん母子がはねられて死亡したほか、飯塚被告を含む10人が重軽傷を負った。現場の制限速度は時速50キロだったが、約60キロから約96キロに加速していた。飯塚被告は「ブレーキとアクセルは踏み間違えていない」などと無罪を主張している。







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