大事なリモート会議中に息子が帰宅 ふと思い浮かんだ「人生の選択」

写真・図版
小6の息子が使っている卓球ラケット=peccaさん提供

大事なリモート会議中に息子が帰宅 ふと思い浮かんだ「人生の選択」

若松真平
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 4月中旬、peccaさんは自宅でオンライン会議に参加していた。

 参加者は社内の10人ほどで、予定していた会議時間は1時間半。

 調整してなんとか集まってもらったメンバーで、なんとしても時間内に結論を出す必要があった。

 会議の進行・調整役として、時計をにらみながら議論を進める。

 そんな時、小学6年生の息子が帰ってきた。

 普段であれば「ただいまー」と言ってそのままリビングに向かうことも多いが、言いたいことがある時はチラッと部屋をのぞいてくる。

 会議で話をしながらも、部屋の前で立ち止まっている息子に気づいた。

 邪魔をして欲しくない時はドアを閉めているが、この日は「余裕があれば手ぐらい振ってあげたいな」と思って、ドアを開けていた。

 口をパクパクさせて、今すぐしゃべりたさそうにしている。

 何か悪いことや、問題が起こったんじゃないか。

 それだけでも息子に確認したいと考えたが、会議を中断するわけにはいかない。

 その時、ふと「人生の選択を間違えてはいけないな」と思った。

ここから続き

 会議で自分が言うべきことを一息でしゃべり、参加者にコメントを求めてミュート(消音)にした。

 「おかえり。どした?」

 息子に尋ねると、少し興奮した様子で「あのね、卓球部の副部長になった。投票で選ばれた」と答えた。

 どちらかというと運動は苦手で、目立つわけでもなく、リーダー格でもない。

 そんな彼が、自ら役職をやろうとしたらしい。

 そして、それが投票で支持されたのだという。

 本人が誇らしく話している姿を見て、素直にうれしくなった。

 「やったじゃん、すごいね」と伝えると、駆け寄ってきてハイタッチをし、すぐに去っていった。

 この間、10秒ほどだったろうか。

 何事もなかったかのようにパソコンのスクリーンに向き直り、会議を続けた。

 そして、気持ちがふっと明るくなっているのを感じた。

 ついさっきまで「あれがまとまらなかったらどうしよう」「その時はこれをああして……」とぐるぐる考えていたのに。

 会議の状況は何ひとつ変わっていないのに、気持ちは軽かった。

二つの心当たり

 あの時、なぜ「人生の選択を間違えてはいけない」と思ったのか。

 思い返してみると、心当たりが二つあった。

 一つは、4年生だった時に息子のクラスが荒れていたこと。

 玄関を開けて出迎えた瞬間に泣いていたり、すごく落ち込んでいたりしたことがあった。

 当時うまくいっていなかった子と今も同じクラスで、「サインを見逃したくない」という気持ちがあった。

 もう一つは、長く闘病していた知人が亡くなったこと。

 当たり前のように日々が続くものじゃないんだと、改めて思うようになっていた。

    ◇

 息子から話しかけられたら、どんな状況でも話を聞いてあげたい。

 だが、いつもそれができているわけではない。

 仕事では部下やチームの責任を取る立場にあり、常に家族優先というわけにはいかない。

 会社員であることも、妻であり母であることも、どちらも自分にとっては重要だ。

 家族と仕事、どちらかひとつを選べと言われれば、迷うことなく家族を選ぶ。

 だが、現実の日常はもっと小さな選択の連続だ。

 今この時、一番いいバランスはどれくらいなのかを模索し続けている。

 そのために必要なのは優先順位だ。

 とにかく時間がない中で、「やらなくていいこと」や「やらなくても死なないこと」を見つける。

 次は「絶対にやった方がいいこと」と「できたらやりたいこと」を仕分けて、その順番も決める。

 ここまでは仕事も子育ても同じだが、決定的に違うことがある。

 「子育てには正解がない」あるいは「正解が分かるまでに時間がかかる」という点だ。

 うまくいった、いかなかった、を近視眼的に決めてはいけない。

 本当に大切なことを見逃さないよう、家族のコミュニケーションを絶やしてはいけない。

 「仕事は人生をよりよくするための手段」

 この位置付けだけは変えたくない。

将来の彼を支える何かに

 先日、オンライン会議中の息子とのやりとりをツイッターでつぶやいた。

 日記代わりにツイートして、「あの時こんなことあってうれしかったな」と思い返すために。

 すると、思いがけずたくさんの人たちから反響が寄せられた。

 「これマジでうれしい記憶として残るんだよな」

 「私もあの時、こんな風に褒めてもらえたら自己肯定感がもう少し高かったのかな」

 同じ経験が、誰かにとっては宝物だったり、のどから手が出るほどほしい経験だったり。

 話したいことがある時、聞いてくれる人がいることのありがたさを、改めて感じた。

 我が子にとって、うれしいことも、悲しいことも、話したくなる親でありたい。

 たとえタイミングが悪くても、うまく伝えられなくても、大丈夫なんだと思って話してもらいたい。

 今回の出来事が息子にとってうれしい記憶のひとつになり、将来の彼を支える何かになってくれたらいいな。

 たくさんのコメントを読み終えて、そんなことを思った。(若松真平)

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