第1回:生保営業の「エース」、老夫婦から契約46件 娘が問いただすと…:朝ディジタルから引用しています。
都内に暮らす90代夫婦のもとを彼女が訪ねてきたのは、2000年ごろ。大手生命保険会社の営業職員で、当時50代後半だった。
名刺には「優績クラブ賞」と記され、金色の王冠があしらわれていた。
8千人弱の営業職員を抱えるこの会社で販売成績のよい数%の職員だけが、年1回得られる栄誉。彼女は通算10回獲得した「エース」だった。
訪ねてきたのは、前任の担当者の引き継ぎのため。はじめは、あいさつ程度のつきあいだったという。
だが、夫婦の60代長女によると、多い時期には、毎週のようにお茶を飲みに来るように。
長女が実家に行くと、穏やかな雰囲気で、世間話や趣味の話を母としていた。
じつは、視覚障害の母は職員に「子どもたちに資産を分けていきたい」と相談していた。職員は「任せて」と寄り添い、母の懐に入り込んでいたとのちのち知った。
頻繁に訪ねてきた職員がぱったりと姿をみせなくなったのは19年の冬。母に「すべての手続きが終わりました」と言ったという。
「エース」だった職員はこの老夫婦から、どうやって契約を得ていたのか。生命保険業界では、過剰契約の例が後を絶ちません。その背景や構造に迫ります。
不自然さを感じた長女が通帳を確認すると、多額の保険料が、職員の勤め先に払われていることがわかった。その会社は、大樹生命(旧三井生命)だった。
職員に問いただすと、「すべてそちらのご要望でした」。
「ここにちょっとサインを」
20年夏、大樹生命に相談すると、同社による調査が始まった。職員は会社の聞き取りに対して、夫婦の意向を聞かずに契約を結ばせていたことを認めたという。
同社は夫婦らに不適切な販売について謝罪し、返金などの対応を取った。
夫婦は世間話の最後に職員から「ここにちょっとサインして」と言われるがまま、外貨建て保険や医療保険などを次々と契約していた。契約者や被保険者は夫婦だったり、長女らだったり。
解約後にすぐに別の保険に加入する「乗り換え」や、旧契約をもとに新契約に移る「転換」を繰り返させていたという。契約数は46件にのぼった。
大樹生命は21年1月から、多数の契約を結ぶ顧客に対して、不審な点はないか確認の電話を入れる再発防止の対策をはじめた。契約を担当した職員たちには伏せたうえでの取り組みだった。
だが同じ頃、大樹生命の別の顧客だった会社役員の女性(61)のもとに、冒頭の職員から連絡が来ていた。「会社から電話が来ると思うけど、何もないと言ってね」と頼んできた。
それでも女性は以前から職員の行動を不審に思い始めていた。大樹生命からの電話には「気になることがある」と伝えた。
その後、大樹生命が調べたところこの女性は20年間で26件の保険を契約。冒頭の高齢夫婦と同じように契約、解約を繰り返していたことがわかった。
「押し売りは嫌い。一流の人とだけお付き合いしている」。会社役員の女性によると、職員の口癖だった。
企業の経営者や資産家などの実名を挙げて自分の顧客だとアピール。「お金には困っていない」と財布の札束をちらりと見せた。
「私の言うとおりにしておけば大丈夫」という職員に、女性は手続きをすべて任せてしまった。
「今思えば、うかつに信頼してしまい、甘すぎた」と悔やむ。
大樹生命は取材に対して、90代夫婦のケースについては「顧客の意向に沿わずに契約を多数結ばせていた。非常に重大な問題と捉えている」と回答。会社役員の女性のケースには「調査中で回答は差し控える」とした。
業界では今、大樹生命の親会社・日本生命の動向に注目が集まっている。
同社の清水博社長は今年3月、記者会見で大樹生命の不適切な販売を問われ、「大変重く受け止めている」と言及。「こういうことが明らかになると、さすがに(大樹生命の)自主性だけではだめだ」として介入を強める方針を明らかにした。
冒頭の職員は調査が続いていた昨春、突然退職した。
厳しい「販売ノルマ」
なぜ、こうした契約に及んだのか。
かつて「生保レディー」と呼ばれた営業職員は業界に23万人いる。競争が厳しいことから、5年間で新規採用の8割が辞めていくとも言われる。
契約が多ければ「優績者」と呼ばれ、高給与となり、称賛される。経営陣に表彰され、上司でさえ口出ししにくくなるとされる。
一方で「販売ノルマ」未達だと給与はどんどん落ちていく。
生保の加入率が高止まりするなか、新規の顧客を探すのは容易ではない。
言われるがままに加入してくれる人から多数の契約をとった方が実績づくりに手っ取り早い――。そんなふうに考えたとみられる悪質なケースは後を絶たない。
19年に発覚したかんぽ生命の販売問題では、当時の複数の現役局員らによると、そうした高齢者を一部で「ゆるキャラ」と呼んでいた。金融庁に同社が届け出た事案には、90代女性が10年間で保険の契約、解約を繰り返させられ、累計の契約数が54件に上ったケースもあった。
成績の良い職員へのチェックの甘さが、巨額の詐取事件にまで及んだケースもある。
第一生命では20年、当時山口支社の営業社員の女性(90)が、架空の投資話を持ちかけるなどして、約20年にわたり計24人から19億円超を顧客からだまし取っていたことが発覚。「特別調査役」という唯一のポストを与え、やはり優遇し続けていた。
同社は昨年末の報告書で「優績者の特権意識を醸成させてしまったことや周囲の遠慮意識など、企業風土や体質そのものにも問題があった」と記した。
金融庁幹部は「こうした体質は、本当に第一生命だけの問題なのか」と語る。程度の差はあれ、業界に共通する課題ではないか、とみる。(柴田秀並)
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