消えたダイソンの人工呼吸器 英国、ちぐはぐコロナ対応
【朝日新聞ポッドキャスト】新型コロナとの戦い 世界の現場から@イギリス①
新型コロナウイルスの感染者数と死者数が、ヨーロッパで突出して多いのがイギリス。特に死者数はアメリカ、ブラジルに次ぐ世界3位です。なぜ感染が広がってしまったのか、ロンドンを拠点に取材をする欧州総局の下司佳代子記者に聞きました。
- ポッドキャストでは
- 突然の休校に日本が揺れていた3月、学校は閉鎖しないと言っていたイギリスのジョンソン首相。直後に判断をひっくり返した経緯を、下司佳代子記者がリポートします。
Q イギリスのコロナ対応を巡っては、初動の遅さが指摘されています。なぜ遅れたんでしょうか。
A 政府はよく「科学に基づいた対応だ」と強調します。確かに科学者たちの助言は厳しい措置に消極的だったようです。そこには「イギリスにロックダウンはなじまない」という思い込みがあったかもしれません。
感染初期の専門家会議の資料を見ると、「パブやレストランなどでの社会的な交流をなくすことは効果的だが実行が難しい」とあります。
パブで乾杯する人たち=ロンドン・ケンジントン地区、下司佳代子撮影
厳しい制限にはいずれ我慢できなくなる、あまりに早く導入すると長続きしないという懸念もあったようです。
ジョンソン首相は3月12日の段階で、「科学的な助言によれば、スポーツの行事など大きなイベントを禁止することは感染拡大にあまり影響していない」と発言。集会の自粛や学校閉鎖もすぐには行わないとしていました。
ところが、この直後に専門家のチームが「緩い対応のままだと25万人が死亡する」という数理モデルの予測を出し、方針を転換。23日には外出禁止令が出されました。この初動の遅れがなければ「死者は半分に抑えられた」と、このチームのトップで政府の専門家会議の元メンバーが後に議会で証言しています。
ロンドン中心部の英議会前で1月31日夜、英国のEU離脱を喜ぶ人たち=AP
また、イギリスにとって不運だったのは、コロナが広がる直前まで、世界史の年表に残るような巨大なできごとが起きていたということです。EU(欧州連合)からの離脱、いわゆるブレグジットです。1月31日、金曜日の午後11時をもって成立しました。
Q 中国の武漢で封鎖が始まったのが1月23日でした。
A イギリス社会の視線はブレグジットとその先に集中していました。政権と議会の迷走の末についに離脱が達成され、社会はどう変わるのか、また1カ月後に始まるEUとの貿易交渉がどうなるのか、そんなことに人々の意識が向いていたと思います。2月といえばイタリア北部などで感染者が相次いで見つかっていた時期ですが、まだ対岸の火事といった雰囲気でした。
大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号から下船した乗客を移送するために大型バスが停車していた=2020年2月20日午前10時49分、横浜市の大黒ふ頭、朝日新聞社ヘリから、山本裕之撮影
たとえば、日本の横浜港に停泊していたクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の様子がよく報じられていました。イギリス人の夫妻が乗船していて、SNSに船内の様子を頻繁に投稿して話題になっていたところ、コロナ感染が明らかになってショックが広がりました。BBCなどは、イギリスにいる夫妻の息子が「日本での隔離が失敗だったのは明らかだ」「ちゃんと面倒を見てほしい」と涙ながらに訴える様子を伝えていました。
政府の科学者からのメッセージはずっと、「手を洗え」。3月半ばの時点でも競馬やサッカーの大きな大会が行われ、それぞれ数万から数十万の観客が会場に集まっています。これが後になって死者数を増やす原因になったという指摘もあります。既にこの時期、イタリアでは全土で移動制限を始めていました。
Q ただ、イタリアやスペインが4月で感染の拡大をおおむね押さえ込んだのに比べ、イギリスは5月になっても多くの感染者が出ました。
A 一つの要因は、介護施設で被害が広がったことです。病院に比べ、介護施設では検査も不十分だったほか、マスクや防護服も行き渡っていませんでした。しかもイギリス政府は当初、病院で亡くなった人だけをコロナの死者数としてカウントし、介護施設の分は入れていませんでした。
新型コロナウイルスによって10人の犠牲者が出た英中部ノッティンガムの施設で4月20日、防護具を着けて入居者に話しかける看護師=AP
これに対し、懸念されていた医療崩壊は起きませんでした。数百~数千床規模の臨時病院が各地にできたんですが、患者がゼロのところも。人工呼吸器が足りなくなるだろうということで、ルノーなどのF1チームやダイソンといった企業も開発に乗り出したんですが、実用化はされませんでした。
Q なんだか、ちぐはぐですね。
A そうですね。イギリスと言えばほぼ毎年ノーベル賞受賞者が出る世界でも有数の科学大国なんですが、政府が検査やクラスター追跡を早々にあきらめてしまいました。
ロンドンのウェストミンスター駅で5月11日、電車の中でマスクをしている男性=ロイター
また、大量に輸入した抗体検査のキットが、精度の問題で使い物にならなかったことも。慢性的に不足している防護具も、輸入品がやはり基準を満たしませんでした。感染追跡アプリは、当初の予定から1カ月が過ぎても導入できず。マスクにしても、ずっと「効果なし」と言っていたのに、一転して地下鉄での着用を義務化しました。
最もよくわからないのが、他の国々が国境封鎖を解除するなか、6月8日になって、外国からくる人に14日間の自主隔離を義務付けたことです。外国からウイルスが持ち込まれるのを防ぐためだそうですが、時既に遅しという感じがします。今となっては世界のほとんどの国よりも、イギリスの方が感染がひどい状況だと思うんですが。
Q 中国など早い国は2月、日本やヨーロッパでも3月には同じような制限の導入が始まっていましたね。イギリスがしていなかったのは驚きです。
ヨーロッパ総局の下司佳代子記者
A 結局、今月10日からは、日本を含む約60の国と地域からの渡航者は自主隔離が免除されることになりました。
そんなイギリスが起死回生を狙っているのが、ワクチンの開発です。早ければ秋にもオックスフォード大のワクチンが実用化される見通しになっています。面目躍如となるか、注目です。(聞き手・神田大介)
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