ウクライナの被害動画「二度と送るな」 ロシアに住む兄は妹に言った;朝日ディジタルから引用しています。

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伯母との会話に悲しさがこみ上げたというスニジャーナ・ホサラビッチさん=2022年3月17日、ウクライナ西部リビウ、高野裕介撮影

ウクライナの被害動画「二度と送るな」 ロシアに住む兄は妹に言った

リビウ=高野裕介
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 ロシア軍の侵攻から5週間が過ぎるなか、多くのウクライナ人たちが、ロシアに住む親族に悲惨な戦争の現実を伝えようとしている。だが、ロシアは国内で情報を厳しく統制し、独自の筋書きを広めている。それぞれの「真実」が、家族の仲を引き裂いている。

 ロシア軍による侵攻が始まった2月24日。ウクライナ西部リビウに住むドキュメンタリー作家のスニジャーナ・ホサラビッチさん(34)は午前9時ごろ、ロシア東部の街に暮らす伯母(62)に、急いでインターネット電話を掛けた。自分の祖母(83)、伯母にとっての母親がいるウクライナ南部の街の近くに、ロシア軍による攻撃があったことを知らせるためだ。

 だが、伯母が口にしたのは意外な言葉だった。

 「ロシアがネオナチからウクライナを救いに行った。ロシア語を話すウクライナ人も助けるのよ」

「ママ」と呼ぶほど仲の良かった伯母が、ウクライナで育った兄がーー。ロシアとウクライナでまったく異なる「真実」が語られ、仲が良かったはずの家族を翻弄しています。

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 開口一番、そう言った。ホサラビッチさんは驚き、反論した。「プーチン政権のプロパガンダを信じないで」「ロシアはウクライナの市民に爆撃し、殺している」。必死に訴えても、「ウクライナ自身が軍の施設を破壊しているだけ」ととりつく島もない。

 ホサラビッチさんは、「なんで自分のめいを信じずにテレビを信じるのよ!」と怒鳴った。

 翌日、伯母は自分が見ているテレビニュースの動画を送ってきた。画面には、「ロシアの『特別軍事作戦』が始まりました。精密な兵器を使い、市民は標的になっていません。ウクライナ軍は降伏しようとしています」と伝える男性キャスターが映っていた。ロシア側が描く筋書きそのものだった。

 ホサラビッチさんは、どうしようもなく悲しくなった。生後すぐ、入院が長引いた母親に代わって面倒を見てくれ、「ママ」と呼ぶほど仲の良かった伯母だった。お願いだから、真実をわかって欲しい。そんな思いだった。

 自宅周辺で鳴り響く空襲警報を録音し、音声メッセージで送った。伯母からの返信は、「私に何ができるというの? 無事で過ごして」というものだった。その後は、家族の不幸もあり連絡が途絶えている。

 「関係は修復できますか?」。そう問うと、ホサラビッチさんは「家族は家族。ずっとプロパガンダに侵されてきた伯母の考えを今すぐに変えることはできないけど、それでもやらなくてはいけない」とつぶやいた。

 ウクライナにはロシアに家族や親戚を持つ人が多い。旧ソ連時代にロシアに移り住んだ人もいれば、その逆もある。ウクライナ東部や南部にはロシア語を母語とする人も多く暮らす。

 ところが今、両国ではまったく異なる「真実」が語られている。ロシアは報道への統制を強め、フェイスブックツイッターなどのSNSの通信も制限した。言論環境は悪化の一途をたどり、政府が決めた「物語」を多くの人たちが信じ切っている状態だ。

「君は洗脳されている」

 リビウに暮らすオクサナ・コズロワさん(54)はロシア軍の侵攻から3日ほど後、ロシアに滞在する7歳年上の兄から連絡を受けた。

 「(首都の)キエフにいる娘たちにロシアに来るよう説得して欲しい」

 リビウで生まれ育った兄だが、石油関連産業に携わるために20年以上、ロシアに住んでいる。コズロワさんは、「ロシアへ逃げるなんて馬鹿げている。あなたの娘たちはロシアの爆弾から逃げているのよ!」と声を荒らげた。

 兄は「君はウクライナのテレビに洗脳されている」「ウクライナではナチがロシア語話者を抑圧している。ロシアは必ず勝つ」などと言い張った。

 兄はもともと、ウクライナで市民が立ち上がり、親ロシア路線の政権の崩壊を招いた2014年の「マイダン革命」を応援するほど、民主化や自由を支持していた。コズロワさんは、兄がロシアでの滞在が長くなるほど、ロシア政府が語るプロパガンダに次第に染まっていったと思っている。

 兄とは2回、SNSの通話機能でやりとりした。コズロワさんの訴えに困惑し、次第に何が起きているのかを理解しているようでもあった。それでも、強情に言い張る兄に「もう私に兄はいない」と語気を強めると、「じゃあ僕は姉になろうかな」と、まるでこちらの機嫌をうかがうようだった。

 コズロワさんらが、ロシア軍によるウクライナへの攻撃の実態を知ってもらおうと写真や動画を送信すると、「二度と送るな」と言われた。ロシア当局に見られてトラブルになるのを防ぐためだったのかもしれない。兄が住む街はウクライナからの移民も多く、「何かあれば真っ先に疑われる人たちだ」とコズロワさんは言う。

 たった二人の兄妹で、幼い頃、両親が留守のときには木材を使ってままごとのおもちゃを作ってくれた兄。それがいつのまにか、ロシア政府の語る「物語」を信じ込まされてしまった。

 コズロワさんは、プーチン大統領への怒りをあらわにした。「兄は私がうそをつかないと知っている。たった一人の男のせいで、なぜ私たちのように普通のウクライナ人、ロシア人が翻弄(ほんろう)されなければならないのでしょうか」(リビウ=高野裕介)

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