村山談話を追認したのはどこの首相だ?

Nikkei Netが伝える、2006年10月5日の記事である。いったいどこの首相の言葉だ。今まで言っていたことと違うではないか。村山談話を認めないといっていたのではないか?それが変わったのか? 気が違ったのか? どちらでも良いが。そんなに、ころころ変わるようでは、手下、部下、子分、官僚が困るではないか?それとも、官僚が書いた「回答書」を丸読みしているから、そのような回答になるのか?それならそれで、結構なことだが。

首相、日米開戦「判断間違っていた」

 安倍晋三首相は、2006年10月5日の衆院予算委員会の基本的質疑で、日米開戦を決めた東条内閣の決定について「当時はいろいろな状況にはあったが、政治は結果責任なので当然その時の判断は間違っていた」と述べた。民主党の菅直人代表代行が東条内閣の一員として開戦の詔書に署名した首相の祖父、岸信介商工相(のち首相)の対応の是非をただしたのに答えた。

 首相は「開戦の結果、日本は敗戦をし、多くの日本人は命を失い、家族を失った。結果としてアジアの人たちに大きなつめ跡を残した」と指摘。同時に「その時に指導者の立場にあった人たちは私の祖父も含め大きな責任があった」と語った。

 歴史認識に関する1995年の村山富市首相談話に関しては「私の内閣でも生きている。私も首相であり(継承するのは)当然だ」と明言。従軍慰安婦問題に関する93年の河野洋平官房長官談話についても「私を含め、政府として受け継いでいる」と語った。 (2006年10月5日21:15)

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「安倍日本外交をどこへ?村山談話を承認せず:作成日時 : 2006/09/09 02:20 」は、どうなった?



安倍日本外交をどこへ?村山談話を承認せず、2006/09/09 02:20 の記事はどうなったのか?

もう一度、この新聞(2006年9月8日、朝日新聞)を掲載しよう。

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正体を明かさず、へなちょこに、忍者みたいな、首相だな。いったいおまえはなんだ? 靖国に関しても同じか?へなちょこは困る。頑固者も困るが。

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この記事へのコメント

2006年10月06日 11:34
ホソピー@江ノ島 様、コメントありがとうございます。確かに、9月8日の新聞記事を読み直して見ると、ステルスで、自分の意見を表明せず、歴史家に任せるべきだといっているようですね。前文掲載が必要であることを痛感しました。
中国・韓国を訪問するのが本気なら、当然、この「村山談話」が話題に上がるだろうし、靖国も話題に上がるだろう。米国からもクレームを受けているようだから、とりあえずは、おとなしい姿勢で始めるのかな?憲法と、教育基本法は譲れないような姿勢であるが、案外、波風立てずに、10ヶ月ばかりを納めるのかな。そうすると、参議院選挙で自民党が大敗することはなさそう。これは困り者だ。もともと、彼の軟派の顔に共感を抱く女性が多いから、ますます人気が高まるか。その時が見物。
また、ホソピー@江ノ島 のサイトを見せていただきます。お近くですね。
2006年10月06日 05:39
 とにかく、中国と韓国訪問を円滑にすすめるためには、いま波風をたてないことにしているようです。

 いつまで本音を隠せるのでしょうか?
「王様の耳はロバの耳」
いつまでも隠せるものではないと思うのですが・・・

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