
「店は客のためにあり、店員とともに栄える」
2016年3月、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が法政大学での講演で語った言葉だ。この言葉は日本の近代流通の精神的支柱の一人だった倉本長治氏(1899年・明治32~1982年・昭和57)が語ったもので、流通業に携わる人たちには比較的なじみのある言葉だが、これには続きがある。
柳井氏が伝えたかったのは、その続きの言葉だった。
「(店は)店主とともに滅びる」
柳井氏は自らの心境とともにこう述べた。「今の私は、『店主とともに滅びないよう』に必死で頑張っているというところであります。社長がしっかりしないと会社はすぐにつぶれる。会社は全て社長次第なのではないかと思うのです」。柳井氏の執務室にはこの倉本氏の言葉が飾ってある。
残念ながら倉本氏が設立した株式会社「商業界」は4月3日に約70年の歴史の幕を閉じたが、倉本氏の言葉は不易に違いない。
おそらくほとんどすべての経営者が今、新型コロナウイルスによる経済・社会の機能不全に苦悩しているはずだ。「社長とともに滅びるのではないか」と。需要が瞬時に"蒸発"してしまい、目を覆いたくなるような経営数字だけにとどまらない、従業員の健康にも神経をとがらせなくてはならないからだ。取引先や顧客に迷惑をかけたらなおさらだ。経営の自由度が日に日に狭まる中で商機を見いだすのは極めて難しい。
そんな時だからこそ、トップの動静は従業員だけでなく、社会からも関心が高まる。逆境をどう乗り越えるのかだ。
9日のファストリの決算発表で柳井氏は「戦後最大の危機」と厳しい表情で語ったが、「投資や出店を積極的に行い、新しい価値をつくる」と力強いメッセージを発した。
6日に東京都内のホテルで開かれたニトリホールディングス(HD)の2020年2月期の決算発表での光景もまさにそうだった。デフレの勝ち組といわれてきたニトリ。先行きが見通せない中での決算会見にはこのご時世にもかかわらず、多くのアナリストが駆けつけた。
「33年連続で増収増益となりました」。白井俊之ニトリHD社長が丁寧に決算数字を説明したほか、事務方もアナリストからの質問をそつなくこなしていたが、あるアナリストが口火を切った。「似鳥(昭雄)会長のお言葉を聞かせてください」
それは似鳥会長の景況感と経営方針をこの耳で、聞きたかったからに他ならない。

似鳥氏はおもむろに立ち上がり、こう語った。「新型コロナが起きなくても今年は悪くなると思っていた。来年はさらに(景気は)下降するだろう。建築費は下がる。投資のチャンス。優秀な人材の採用もしやすくなる。不況こそチャンスだ。秘策もある」。似鳥節の真骨頂、「不況こそチャンス」が飛び出した。
似鳥氏が身を乗り出すように語りかけて、あわてて事務方からストップをかけられる場面もあった。「あっ。まだお話ししては、いけなかったのか。いや、ついつい」と苦笑いした。質疑は約1時間。似鳥節を聞いたアナリストたちは好意的に受け止めた。会場にいたアドバンスト・リサーチ・ジャパンの有賀泰夫マネージングディレクターは「これだけ世の中が大変なことになっているのに、ニトリにとってはどこ吹く風という感じだった」と感想を述べていた。
今上半期の既存店売上高は前年同期を若干下回るが、下期はプラスに転じる見通しで、34期連続の増収増益を目指す。翌日7日のニトリHDの株価は前日比990円の大幅高を演じた。
一方、ニトリHDより一足早く20年2月期決算を発表した衣料品チェーン、しまむらが今期の業績・配当について「現時点では適正かつ合理的な算定が困難である」として開示を見合わせたのとは好対照だ。株価はさえない。
約30年にわたり小売業を見てきた著名な証券アナリスト、清水倫典・Gマネジメント&リサーチ代表は「こんな時代だからこそ、トップの明確なメッセージが必要で、胆力が問われる」と語る。
柳井氏、似鳥氏のように強烈なリーダーシップを持つ異能経営者だから強い言葉やメッセージが伝わりやすいのかもしれない。でも、強烈な言葉でなくても従業員や社会に対して染みる言葉はある。
ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」(社名はロイヤルホールディングス)の創業者、江頭匡一氏は生前、このような言葉を大切にしていた。「従流志不変」(じゅうりゅう こころざしふへん)。「困難なことがあったら、いっときはその流れに身を任せることがあるかもしれないが、どんなときでも最初に立てた志は絶対に忘れてはいけない」という意味だ。茶の湯の本山・臨済宗大徳寺の511世の立花大亀和尚の言葉だ。記者の記憶だと、福岡のロイヤル本社の役員会議室に掲げられていた。

コロナ禍の今、この「従流志不変」は多くの人に受け入れられやすいのではないだろうか。創業の精神や理念、クレド(ありたい姿)などを改めて見つめ直すいい機会にすべきだろう。
この記事へのコメント